原発災害シンポジウムについての個人的なメモ

先日、9/18に行われた日本学術会議の公開シンポジウム「原発災害をめぐる科学者の社会的責任」( http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf/133-s-1-2.pdf )ですが、

などのまとめがすでに上がっています。また当日配布された資料については、非公式ですがスキャンしたPDFを以下のリンク( http://goo.gl/9ZemR )よりダウンロードすることができます。
このエントリーでは主に、パネリストの1人である唐木英明氏の発言および、氏と他のパネリストとの応答に焦点を当てた形で、わたし個人のメモをまとめたものを記しておきます。
唐木氏の発言に着目した理由ですが、わたしは唐木氏の発言には完全に反対の立場であり、それゆえ、氏の発言については注意して聞く必要がありました。(他のパネリストの方々の発言を聞くときのように「うんうん。そうだよね」とうなずきながら聞くというわけにはいかないので)また、唐木氏vs.他のパネリストというかたちで議論が進むことが多かったため、そのようなやりとりに着目することで重要な部分を抜き出すことができるのではと考えました。

注意!

以下の文章はわたしの断片的なメモと記憶に基づき再構成したものであり、議論の流れを分かりやすくするために編集を行っています。抜け落ちているところもありますし誤りもあるかと思います。ここに書かれた内容を元にパネリストの方々の「言質を取る」のは控えていただきますよう、お願いいたします。
あ、そうだ。あと「こんなことを話し合ってる暇があるなら……」的なコメントはなしということでお願いいたします。

第1部 各パネリストの個別報告における唐木氏の報告

  • タイトルには「安全の科学および先進技術の社会的影響評価」とあるが、時間の関係で前半の「安全の科学」に的を絞る。
  • 【リスクを取り扱うための、管理・評価・コミュニケーションの3要素について】*1
    • 行政と政治(政策決定者)がリスク管理を行う。費用対効果や国民感情などさまざまな要素について検討する必要がある。
    • リスク評価は科学(だけ)に基づく。評価した結果についての判断は国民とリスク管理者に一任。
    • リスクコミュニケーションが全体の透明性を確保する
    • ↑こういった全体について、学問の枠組みから支えていく。
  • 【リスク評価について】
    • リスク評価には不完全性がつきまとうが、不完全だからといって評価ができないわけではない。
    • リスク評価のために必要な科学というのは、それほど大きな(多岐にわたる?)ものではない。
    • 価値観や感情、経済面からリスク評価に影響を与えようとする圧力がある。
    • 政策決定者が責任をリスク評価者に負わせる風潮がある。米国産牛肉の全頭検査についてなど。
  • 放射線のリスク評価】
  • リスク評価の具体的な例として放射線について取り上げる。
    • 放射線影響研究所による原爆被爆者の身体部位ごとの発がん率、および原爆による寄与がどのくらいあるかを示すグラフを見せる)
    • (被曝量と発がん率の直線関係のグラフを見せて)高線量ではこの関係が成立するが、低線量でどうなるかはこの結果からはわからない。放影研は100mSV以下でどうなっているかは不明と結論している。
    • (直線関係に対して上下に幅を持つようなイメージ図を見せる)低線量での関係はわかっていないが、「最大限どの程度か」は分かっている。
    • ICRPはLNT仮説というのを唱えているが、これは「閾値がない」と考えれば/そういう風に考えようという、リスク管理のためのものである。
  • (「長期的被曝の影響は急性被曝より少ないという研究結果がある」という内容のスライドがあったが、一瞬表示しただけで説明せず、即座に次のスライドに移った)
  • 20mSVとはどれだけの大きさのリスクなのかをイメージするには他のリスクと比較する必要がある。
    • 国立がん研究センターのリスク間の比較を引用して*2)100〜200mSVの被曝は野菜不足と一緒だとイメージすることが可能になる。
  • 放射線の対策を実施することで発生するリスクについても考える必要がある。
    • たとえば避難させることによるリスクは非常に大きなものである。どちらのリスクが大きいのか比較してリスクの総和を小さくする。
    • 高線量については線量だけでリスクを判断する必要があるのは当然だが、現状では原発労働者のみだと考えている。
    • どこからが低線量かという問いについては科学者には答えが出せず、国民と政治家が答えを出すことになる。リスクコミュニケーションが重要。
  • 緊急の除染が必要である。除染の最大の阻害要因は、除染後の廃棄物をどこに集積するかということ。


第2部 パネリストによる全体討議

  • 【唐木氏の広報よこはまへのコメントについて】
    • (唐木氏)政府が放射線防護の対策方針を決定したため、横浜市は市民にそれについて説明する必要があった。そのような説明に際しては学識経験者が必要とされる風潮であったためコメントを寄せた。
      • 私たちは誰でも宇宙からの放射線を浴びており、また、食品経由で摂取している。現在の横浜市の空間線量は宇宙からの線量と同じくらいである。だから心配する必要はないとコメントした。
  • 【押川氏と唐木氏のやりとり】
    • (押川氏)原発事故の放射線を自然放射線の線量と比較するというロジックがそもそも疑わしいのではないか。自然放射線原発事故の放射線が上乗せされると、LNT的には発がん率がそれだけ増加することになる。
      • リスク評価と、その評価結果をどのように判断するかという問題がある。(国立がん研究センターが示したような)リスクの比較は科学的ステートメントだというが、それ自体が政治的なものだとしか思えない。たとえば、数年前の秋葉原通り魔事件において、通り魔にあうリスクと喫煙の害を比較したひとはいなかった。
    • (唐木氏)横浜市の線量については、全体(自然+人工)の線量が宇宙からの放射線と同じであるため、上乗せはない。
      • 感情的な発言が多いですが、もっと科学的に発言いただけると、と思います。*5
  • 【専門科学者によるリスク評価の独占について】
    • (島薗氏)唐木さんはリスク評価は科学者だけでやると強調されたが、なぜ「だけ」なのか。狭い専門家だけで実施するとなると問題ではないか。
    • (唐木氏)リスク評価を科学者だけでやるのはどういうことかということについては、化学物質の安全性を例として説明する。
      • 化学物質は、どんなものでもたくさん食べると毒性が出る。徐々に化学物質の量を減らしていくと、あるときからまったく毒性が出ない量がある。動物実験によってこの量を見つける。しかし、実験動物の結果がそのまま人間に当てはまるかどうか。ここに不確実性がある。そこで実験で得られた値の1/100といった、非常に低い値を人間について採用する。
        • この辺に関して、専門分野ではない一般の方々や統計学の人たちが入ってきてもまったく理解ができないだろう。*6
      • リスク評価に消費者の代表を加えろという意見が少し前にあった。最近はないと思うが。しかし、そうなると業界の代表についてはどうなるか。それは科学ではないのではないか。
      • リスク評価というものは、リスク管理のほんのわずかな参考になるだけということを理解することが重要だ。
  • 【リスクの複合性について】
    • (小林氏)個々の化学物質についてのリスク評価は可能かもしれないが、複合性、複数の化学物質が関与するようなリスクについては、それぞれの物質の組み合わせの数が爆発的に増大してしまうため評価に限界がある。
    • (唐木氏)複合性については誤解がある。最初に複合性という言葉が話題になったのは有吉佐和子の「複合汚染」*7 病気の患者が複数の薬を服用する場合には確かにそのような危険性があるので、病院や薬局できちんと管理する必要がある。
      • しかし、残留農薬などの場合は、そもそも元の化学物質が閾値の1/100以下という低い濃度のものなので、そのような複合性についても気にする必要はない。
  • 原発のリスク評価と放射線被曝のリスク評価】
    • (島薗氏)小林さんは食品安全委員会を比較的高く評価していたが、放射線関連の委員会についてはどのように考えているか。
    • (小林氏)まったくダメだと考えている。一部の原子力関係者は外部とコミュニケーションをとらないとダメだと考えているが、全体としては双方向性はあくまで外付けのものになってしまっている。
      • 東北大で、原発賛成派と反対派による対話を行うという社会実験を行ったが上手く行かなかった。賛成側も反対側も、それぞれの役割というか社会構造の中にはまってしまっていて自由に議論できない状況があると思う。
    • (唐木氏)原発のリスク評価と、放射線が健康に与える影響の評価とは、分けて考えるべき。原発のリスク評価はまったくダメだった。
      • 放射線の評価については日本はなにもやっていない。なぜなら、ICRPがすでにそれをやっていて国際的なコンセンサスが出来上がっているからだ。原発にもICRPと同様のものが必要だと思う。
    • (島薗氏)ICRPによって解決済みだと唐木さんは考えているかもしれないが、私は反対だ。いまだ討議すべき領域だと考えている。
    • (押川氏)ICRPは唐木さんの言うリスク管理にも踏み込んでいることになる。小林さんが言うリスク管理と評価が分離できない例ではないのか。
  • 【ユニークボイス(専門家による一本化された意見)の是非について】
    • (唐木氏)学究の世界では異論は普通のことだが、「安全の科学」では少し違う。とにかく何らかの規制をしなければならないという事情がある。そこで、だいたい皆が一致しているところはどこかという所を探す。
  • 【押川氏、唐木氏の枠組みに疑念を投げかける】
    • (押川氏)ICRPは唐木さんの言うリスク管理にも踏み込んでいることになる。小林さんが言うリスク管理と評価が分離できない例ではないのか。
      • ICRPの基準が妥当かどうかとは別に、そもそもICRP勧告自体が日本で尊重されているのかどうかという問題がある。ICRPの緊急時の基準値を用いると言っているが、学校がやっているのは緊急時なのだろうか。緊急時ではなく現存被曝状況だと解するべきではないか。そうなると、基準値は1-20mSVという、もっと低いものになる。
    • (押川氏)実際に科学者の言動を見ていると、唐木さんの理想的なスキームとは違う。感情的と言われるかもしれないが、完全に中立な研究者はいないと思う。平川さん(平川秀幸氏)が言っていたが、立場によって科学者の意見は違うのではないか。
      • 物理学の立場からは科学は主観を排した立場でやるものだと思っていたが、現実、この状況を見ると、そうはなっていない。意図的に、幅広いスペクトルの科学者から意見を集めるということをすべきではないか。
    • (司会の金井氏)押川さんがおっしゃった「この状況」という言葉には、科学者それぞれの揺らぎや、自分の依拠していたパラダイムへの疑いといったものが含まれるのではないかと感じた。そのことが、シーベルトを巡るポリティクスには見られるのではないか。*8
  • 【聴衆から受け付けた質問用紙での質問について】
    • (唐木氏)理系と文系がはなしをいちばんできるのは日本学術会議。今までやってこなかったので、もっとちゃんとやらないといけない。
    • (「1mSVであれ10mSVであれ、線量の限度は各個人が決めることではないか?」という質問)
      • (唐木氏)政府の役割は国民の健康を守るところにある。20mSV以上の地域について強制避難させるのは政府の大事な役割。それ以下は個人の裁量。
    • (「国立がん研究センターが出しているリスク間の比較について、喫煙など自発的要因によるリスクと、放射線のリスクを比較するのは不適切ではないか」という質問)
      • (唐木氏)国立がん研究センターにはたくさんの批判が寄せられていると聞いている。喫煙が自発的要因かどうかというなら、受動喫煙はどうなのかという話にもなる。がん研究センターがリスクを比較するのは、リスクの比較を行わないとどこにいくら投資して良いかわからないから。
  • 【まとめの一言】
    • (唐木氏)原発については第4期科学技術基本計画でテクノロジーアセスメントを実施することになっている。*9
      • 原発放射線については、現在あまりに単純な議論が先行している。さまざまな要素を全部ひっくるめてアセスメントを実施する必要がある。
      • そのために、自然科学者・人文社会学者を総動員する必要がある。*10

*1:ここでのリスク管理・リスク評価・リスクコミュニケーションという3分類は、以降の全体討議においても用いられたので重要と言えます。

*2:http://www.ncc.go.jp/jp/shinsai/pdf/cancer_risk.pdf の2ページ目

*3:『Not In My Back Yard(自分の裏庭にはあって欲しくない)の略で、施設の必要性は認識するが自らの居住地域には建設して欲しくないとする住民たちや、その態度を指す言葉』(Wikipedia

*4:個人的にはこの部分にもっとも腹が立ちました。

*5:会場で聞いていましたが、押川氏が感情的な発言をしていたとは感じられませんでした。

*6:統計学のひともダメだと言われてびっくり。

*7:小林氏がいいたいのはそういうことではないと思うのだが。

*8:この人、美味しいところを持ってった!

*9:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/08/19/1293746_02.pdf の41ページ。『国は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の検証を行った上で、原子力の安全性 向上に関する取組について、国民との間で幅広い合意形成を図るため、テクノロジー アセスメント等を活用した取組を促進する』

*10:この部分についても、「ああ、このひと総動員って言っちゃうのか。『みんなで考えてつくっていこう』じゃなくて『国家が科学者を総動員する。科学者は国家に協力すべき』という発想のひとなのだな」と思いました。