僕は自分のサイトの文章で「昔の僕」というのを出してきたのだけど、僕のなかでは「昔の僕に関して価値判断を下していいのは、現在の僕だけだ」ということが暗黙のうちに自明視されてたわけで。僕にとっての専有的リソースの「昔の僕」。だから「面白い」っていうのは、当然「僕にとって面白い」こと。
 ただ、もちろん僕が「昔の僕は○○だった。アホだと思う」と書いたときに、自分が○○だと思っているひとが「俺も同じようにアホだというのか?煽り?」と受け取ってしまう可能性というのも当然あって。そこは難しい。


 「議論」とやらの場において、そのような専有的リソースをどのように扱うかというのは、これまた難しい。誰かと議論しようとしているときに、相手に「自分の陣地に篭ってないでさ、外出てこいよ」と言うのは簡単なんだけどさ。でもその言葉を何の疑いも無く言えちゃうのってどうよ。